消費税インボイス制度コラム
(1)免税事業者のインボイス事業者即時登録の特異点
今年の税制改正は、「所得税法等の一部を改正する法律」という全20条の一括法(所緭束ね法) でなされています。この中での消費税法の改正は、第7条で消費税本法の改正、第20条で平成28年の改正税法の消費税部分(第5条)の中の未施行条文と、それに関連する附則条文の改正をしています。
平成28年の消費税改正はインボイス制度の導入立法です。その時の附則の規定は、令和5年10月1日から、インボイス制度が開始されるので、当初からインボイス(適格書)発行事業者になるためには令和5年3月31日までに登録申請をすること、それ以後においては、特に、免税事業者がインボイス発行事業者になるには、新規に課税期間となる初日以前1月前の日までに、登録申請書を提出することとしていました。
今年の税制改正で、免税事業者が、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中に行うインボイス発行事業者になる為の登録では、任意のタイミングでよいこととし、その登録で即時にインボイス発行事業者の資格を得られることと改正されました。この登録には、課税事業者選択届出書の提出は不要です。
今年の改正の結果、任意での即時登録者には、登録日の属する課税期間の翌課税期間と翌々課税期間においては消費税の免税事業者に戻る選択が出来ないとされました。
なお、令和5年10月1日を含む課税期間での登録者には、改正前のまま、この2年縛りの制限はありません。
また、調整対象固定資産(100万円以上)を取得した場合の3年縛りの制限は即時登録した元免税事業者にはありません。理由は、調整対象固定資産3年縛りの規定が、「課税事業者選択届」提出した者を対象とするからです。同じ3年縛りでも,高額特定資産(1000万円以上)の取得の場合には、「課税事業者選択届」提出者との限定がないので、制限ありです。
ところで、令和5.10.1~令和11.9.30というインボイス登録時限規定は、措置法的ですが、消費税法の規定です。但し、附則の規定、それも平成28年改正税法の附則第44条についての改正規定です。
(2)インボイス制が生み出す矛盾・葛藤・せめぎ合い
インボイス制度開始後、インボイス番号を持たない事業者が消費税額の請求をすることは許されるのでしょうか。消費税法では、事業を行う者に、取引きで受取った消費税を納める義務を課しています。それは、インボイス番号を持っているかどうかに関わりありません。
消費税の転嫁拒否を監視する転嫁Gメンの根拠法である消費税転嫁対策特別措置法のガイドラインにおいては、免税事業者であることを理由にした消費税転嫁を制限する買い叩きをしてはならない、とされていました。課税事業者のみならず、免税事業者にも消費税を転嫁請求する権利があることが、ここでも確認できます。
令和5年10月1日から始まるインボイス制度によって、事業者のこの消費税転嫁請求権に変容が起きたわけではありません。変容は、事業者の取引相手に於いてであって、その取引で適格請求書を受領していない限り原理的には仕入税額控除が出来ないことになった、ということにすぎません。
財務省、公正取引委員会、経済産業省、中小企業庁、国土交通省が共同で公表している「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」には、この事業者の消費税転嫁請求権とそれに障碍をもたらすインボイス制度の仕入税額制限措置との矛盾・葛藤・せめぎ合いが表現されています。
そこには、仕入先との取引について、インボイス制度の実施を契機として取引条件を見直すことそれ自体が、直ちに問題となるものではありませんが、見直しに当っては、「優越的地位の濫用」に該当する行為を行わないよう注意が必要で、免税事業者等の小規模事業者が、規格格差のある売上先と取引条件について、一方的に不利になるような取引条件の見直しを要請する場合、その設定方法や内容によっては、独占禁止法又は下請法若しくは建設業法上問題となる恐れがある、と警告が示されています。また、消費税の性質上、免税事業者も自らの仕入れに係る消費税を負担しており、その分は免税事業者の取引価格に織り込まれる必要があることも、留意すべきこととしています。
(3)インボイスなし免税事業者との取引での損失額
令和5年10月から、インボイス制度がスタートします。
平成28年度与党税制改正大網(参考資料⓶―2)では、国内823万の事業者の内、513万者余(63%)が免除事業者で、うち435万が個人の免税事業者、77万が法人の免税事業者とされていました。すなわち、インボイス制度導入により、日本国内の63%もの事業者が影響を受けるのです。
但し、免税事業者と言えど、消費税を請求する権利が消費税法上ありますし、また、仕入消費税分を転嫁しないで自己負担とする義務などありません。インボイス制度が消費税請求の権利、転嫁の権利を踏みにじるのだとすると、それは由々しきことです。
免税事業者のままでは、インボイスを発行できないので、免税事業者と取引する課税事業者は、消費税の仕入税額控除が適用されなくなり、損をすることになる、と言われています。その損を緩和せんとするのが、8割特例です。インボイスのない免税事業者との取引額の消費税(10%)について、その8割にする、というものです。
消費税込みで110万円の取引とすると、仕入税額控除は10万円の8割80000円となり、控除除外された20000円は経費として損金算入され、法人税等の負担税率が30%だったとすると6000円の法人税額等の減少効果を生み、合わせて86000円の税負担軽減となるので、免税事業者との取引での損失額は10万円―86000=14000円です。消費税率10%の中の1.4割部分です。
免税事業者がインボイス発行事業者となった場合には、2割特例が用意されていて、負担する消費税額は、消費税額10万円の場合、その2割の2万円です。法人税負担まで考慮すると前記と同じく1.4割です。免税事業者が2割特例を適用すると、その取引相手は仕入税額控除100%可能です。どちらかに1.4割の税負担を負わせようとするインボイス制度ですが、そんなに大きな金額の負担ではないので、当面は、いずれの選択になろうと、取引への変化などはなさそうに思われます。
(4)消費者・農林漁民はみなしインボイス業者扱い
適格請求者(インボイス)等保存方式の下では、インボイスの存在は仕入税額控除の要件です。ただし、その発行の要求が困難なものとしての次のものには、インボイス発行は要求されません。
①3万円未満の公共交通機関旅客運送
②使用の際に回収される入場券等
③3万円未満の自販機による商品販売等
④郵便切手類を対価とする郵便サービス
⑤従業員等に支給する通勤費、出張旅費等
また、委託販売での取引きとも言える次のものにもインボイス発行は要求されません
⓺卸売市場において行う生鮮食料品等び販売
➆農協・漁協森林組合等に委託して行う農林水産物の販売
さらに、一般消費者が売り手となる次のものにもインボイス発行は要求されません。
⑧宅地建物取引業を営む者への建物の売却
➈古物営業を営む者への古物の売却
➉再生資源及び再生部品の売却
⑪質屋を営む者の質物の取得
前記の内、➂⓺➆は事業者からの仕入ですが、その中には免税事業者が含まれています。特に、⓺➆は農業者、漁業者、林業者からの仕入であり、それらの小規模事業者との取引者を保護する政策的配慮がここにあるように感じられます。
それに対して、⑧➈➉⑪ は、取引の相手が一般消費者である場合を通常事例と想定しての規定であり、一般消費者をインボイス事業者とみなすような扱いになっている、事業者配慮の政策的規定です。インボイスを発行できない事業者や消費者からの仕入税額控除制限規定をこれらでは機能させていません。
なお、⑧➈➉⑪の取引きは、棚卸資産を取得する取引きについてだけ適用なので、不動産や中古資産や再生資源を自己使用目的で購入する場合にはインボイスなしでの仕入税額控除特例の対象にはなりません。それならばと、⑧の不動産取引については、仲介業者に棚卸資産として購入してもらってから転売してもらう、取引きの類似転換が増えるかもしれません。
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